彼らも昼間はカーテンを閉めて寝ているなど、家に閉じこもり切りでしたが、
大学以外の場では結構活躍している者も多かったようです。
塾の教師、ボーイスカウトの指導者、ボクシングのジムに通い選手として
嘱望されるなどの元気があった部分があったのです。
しかし、このごろの引きこもりは、こうした部分が欠けている場合が多いようです。
内面の鬱屈を母親に向けるなど、家庭内暴力に結びついていることもあります。
引きこもる人に、もともとルーズなひとはおりません。人と接触する恐さを押さえて、
几帳面にがんばってきた人たちです。
こうした人が集団から脱落すると、置いてけぼりへの不安をいっそう強く感じます。
だから外へ出て、頑張って皆と同じようにしなければ、と人一倍焦ってしまうのです。
何か趣味でもあれば、それを媒介にして再び外へ歩き出せるキッカケにもなるのですが、
引きこもる人は、しばしば勉強一筋であったり、せいぜいお稽古事をやってきたくらいで、
自分が興味を持つものがないことが多いのです。
「自分は駄目なんだ」とか、「自分は優秀なんだ」とか感じて生まれてくる赤ん坊はいません。
自分が何物であるかを一切知らずに産まれてきます。
そして、成長の過程では正・負のストロークを何万回、何十万回となく与えられることによって、
自分についての意識が作り挙げられていくのです。
正のストロークがあまり与えられなかったり、負のストロークを多く与えられる子供は、
ありのままの自分では受け入れられないという感じを抱き、
自分の存在自体に価値を実感することができません。親が認めてくれるのは、
賞を貰ったり、競争に勝ったりしたときだけです。
このため、こうした子供は、人より優れていたり、競争で勝ったりして初めて、
自分に存在価値があると感じることができるのです。
正負のストロークにより、それぞれの特有の心理が形成されます。
正のストロークは勝者と呼ばれる心理を作り出し、負のストロークは敗者と
呼ばれる心理を形成します。
ここでいう勝者・敗者とは、世間でいうところの外面的な判断で使う言葉とは違います。
すなわち金持ちになったり、高い地位につくことを勝者、
貧乏や定職につかない人を敗者というような区分けではないのです。
交流分析では、心の状態によって区分します。ですから、たとえ有名になっても、
権力を握っていても、必ずしも勝者ではないのです。
^^^^^^^^^^^^^^^^『人と接するのが辛い 根本橘夫 文春文庫』より抜粋
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